日本リスク・マネジメント協会 理事長 祖慶 實
平素より格別のお引き立てを賜りましてまことにありがとうございます。日本リスク・マネジメント協会も1978年2月に設立されおかげ様で28年目を迎えることになりました。ひとえに、ご指導ご鞭撻をされた諸先生方、先輩諸氏、会員の皆様方の暖かい御力添えのおかげと心より感謝を申し上げます。
日本社会の環境もIT化が急速に拡大し、人口の高齢化が急激に進行する中で、「構造改革」の断行は、合目的性と効率性を極限まで追及する「数値化」と「効率化」が要求され「競争」と「評価」を軸とした社会が形成されつつあります。常に他人に評価され競争を強いられ、評価が悪ければリストラを余儀なくされる。組織も、また、同様に効率的でないと評価すれば存続が危ぶまれる。
バブル経済のように利得が得られた時代は、人間の基本的欲求が抑圧されても我慢できました。しかし利得が失われ、個人格差が広がる異常さの中で、医療や福祉に対する社会的な抑圧だけが残った現在、人間的尊厳までが踏みにじられようとしています。こうした豊かで成功しているように見える社会で、ひとりひとりの心の中には「自分は犠牲者だ」と感じている人が多く、心の問題が生活面や仕事面に大きく影響を及ぼす時代が到来しています。
こうした状況は、人間にとって最大の失敗は、他人との協働(コラボレーション)や他人を理解しようとしない個人主義の蔓延がリスキーな原因をつくりだしています。人間関係論の提唱者エルトン・メイヨーは、こうした状況下の問題に触れ「科学技術の発達と社会的な技能の進歩の不均衡が、社会に悲惨な結果をもたらしている」述べています。その社会的な技能とは、人間集団の中でコラボレーションやホスピタリティを高め社会環境へ対応する能力とされ、こうした技能の欠如による不均衡の原因として、メイヨーは、「成功した科学(化学、物理学、生理学)と成功しなかった科学(心理学、社会学、政治学)との間の不均衡に問題の大きな部分があると述べています。成功した科学には、研究に際して理論と実践の機会が与えられ、成功しなかった科学では、日常の人間的状況に応用されるような社会的現実と継続的、かつ直接的な接触を盛り込んだ学際的な場が与えられず、知識のみで、現実の状況に応用されなければ、限られた価値しか持たないのが現実です。
したがって、現在のような社会環境のなかで如何にして「成功した科学」と「成功しなかった科学」とのバランスを保持するかが今後の大きな課題となります。
この問題は、今日のリスク・マネジメントの考え方にも、大きく影響を与えるものです。従来の企業におけるリスク・マネジメントの実践は、起こりうる事象に対し科学的手法を駆使してマニュアルを作成しリスク対応をしています。この場合の大きな特徴は、科学的手法を道具として、どのくらいの数の手法を持っていて駆使できるかに実務の価値が評価されます。ところがこの場合、実践者が起こりうる事象に対し、リスク感覚で察知されたものではなく、前例や仮定で実践されるのが実務とされ、より科学的で論理的な定量的な思考を必要とします。ところが、医療業界のように医療従事者の日常業務が人間の生死を分かつ状況下では、リスク感覚がより重視されます。
日常業務の中で問題を起こしているのにその意識がない、事故を起こしてもその認識がないと言う例は医療現場でよく見られることです。より合理的に実務を処理しょうとする考え方が感性を鈍らせたり、判断を誤らせる結果となります。
リスク感覚をより意識し、認識するためには、人間の持っている質を熟知する必要があります。リスク・マネジメントで一番大切なことは、「リスクに直面している人間の質が問われる」と言うことです。
人間の質とは、人間が進化の過程で培われる生存のための感性(直観力、集中力、洞察力、感知力)と思考(認知力、予知力)の機能がリスク感覚を高め、禅で実践されている「即今只今」考え方が必要です。
当協会では28年の実践の中でリスク・マネジメントを広義の意味でのアート(リスク感覚の意識付け)、狭義の意味でのサイエンス(RMスキルボックス)を基本とした教育を実施しています。
皆様方には引き続き一層のご支援、ご愛顧を賜りますようお願い申し上げます。
2006年4月
